ホウレンソウは、日韓とも重要な葉菜類で、両国とも「ほうれんそう」と聞くと、漫画ポパイで主人公が食べた瞬間に元気になるシーンを連想する人が多いようです。その証拠に、Google検索をした結果、動画コンテンツだけで韓国22400件、日本3700件もヒットしています(ヒット数は2023.5.31現在)。
上記からも分かるように、ホウレンソウは、葉酸やビタミンAなどの栄養価が高く、手軽に調理できる野菜として親しまれています。
当然、日韓両国とも政府が重要な野菜とみなしています。具体的には、生産量だけでなく、ホウレンソウの経営状況まで毎年把握しているのです。
でも、個別の農家単位で見て、ホウレンソウの収益を日本と韓国で比較した資料はありません。
そこで、このページでは、韓国と日本の最新統計をもとに、両国の単位面積当たり露地ホウレンソウの収量・単価・経営費・所得・労働時間の概況を整理してみました。4つのグラフと2つの表を準備し、日韓両国のホウレンソウ経営が直感的に分かるようにしています。
韓国のホウレンソウ栽培・経営の現状を知りたい方は特におすすめです。
- 収量は、19年~21年を通じて韓国が日本の1.1~1.2倍程度高い
- 単価は、19年~21年を通じて日本が韓国の1.6~2.1倍程度高く、粗収益も日本が韓国の1.6倍程度と高い
- 韓国の経営費は、日本の30%程度と非常に安価である
- 労働生産性(所得ベース、物量ベース)とも、韓国は日本の1.6倍程度と高い
- 両者の労働生産性の差は、調製作業時間の質量や包装資材自体の価格に起因する部分も大きい
日韓両国の露地ホウレンソウ経営指標の比較(1)収量・単価・粗収益
収量
- 収量は、19年~21年を通じて韓国が日本の1.1~1.2倍程度高いです。
- また、データのばらつきの度合いを示す変動係数(%、標準偏差÷平均値×100)も韓国の方が日本より低く、安定しています。
単価
- 単価は、19年~21年を通じて日本が韓国の1.6~2.1倍程度高いです。
- 両国とも、単価は年々上昇を続けており、2019年から21年の間に単価が1.2倍に伸びています。
粗収益
- 粗収益は、19~21年を通じて、日本が韓国より1.6倍程度高いです。
- 韓国では、2021年の粗収益が上がっていることが原因で、粗収益の年次間のばらつきが大きくなっています。
日韓両国の露地ホウレンソウ経営指標の比較(2)経営費・所得
経営費
- 韓国の経営費は、日本の30%程度と非常に安価です。
所得
- 露地ホウレンソウで得られる所得は、韓国が日本より1.2~1.3倍、金額にして3~7万円/10a程度多いです。
- なお、両国ともに年を経るごとに所得は増大しています。
日韓両国の露地ホウレンソウ労働生産性の比較
韓国の労働時間
- 総労働時間は、年により若干のブレはありますが、おおむね150時間/10a程度です。
- 雇用労働力による労働時間は、2019年では全労働時間の25%程度を占めていましたが、2020年以降は雇用労働時間の割合が減少し、15%程度で推移しています。
- 雇用労働力が減少した2020年以降、特に2021年は自家労力で補填しています。
日本の労働時間
- 日本の露地ホウレンソウにかかる労働時間は、ほぼ220時間/10a程度です。
- 雇用労働力による労働時間は、2019および2020年では全労働時間の25%程度でしたが、2021年は雇用労働時間の割合が増加し、30%程度を占めています。
両国の労働時間比較
- 全労働時間は、韓国が日本の70%程度と低いです。
- 雇用労働時間が占める割合は、2019年は日韓両国とも25%程度でしたが、2020年以降は韓国が減少傾向なのに対し、日本は増加傾向です。
露地ホウレンソウ栽培における自家労働1時間当たり所得比較
- 自家労働1時間当たり所得は、19~21年を通じて、韓国が所得が多く労働時間も少ないので、日本の1.5~1.7倍で推移しています。
露地ホウレンソウ栽培における労働1時間当たり収穫量比較
- 労働1時間当たり収穫量は、19~21年を通じて、韓国が日本より高く推移しています。
- ただし、年による差があり、2020年は韓国は日本の2倍であったのに対し、2021年は1.4倍程度まで差が縮小しています。
分析と考察
収量が両国とも大差がないのにもかかわらず、両国の露地ホウレンソウの経営指標に差がある原因を、主に調整作業と雇用労力の調達面から分析・考察します。
調整作業の両国比較
技術資料から考察
露地ホウレンソウの場合、(収穫)→予冷→枯れ葉除去→選別→包装→再度予冷→(出荷)という流れ自体は両国で共通しています。違うとすれば、以下の3つの作業なり包装方式が異なる点です。
- 洗浄をするかどうか、する場合は上記作業のどこに組み入れるか
- 根を付けて出荷するかどうか
- テープによる結束か、ポリフィルムで包装するか
日本の場合は、「ホウレンソウの調製作業事例集」という力作の専門サイトがあるほど、調製作業は重要な作業と位置づけられています。
そして、同サイトで紹介されている調製作業も、農家や産地ごとに工夫している点がはっきり感じられます。
しかし、韓国では、このようなサイトは見当たらず、農村振興庁が作成した標準技術資料である「農業技術道しるべ」の包装作業には以下の記述があるだけです。
(選別)出荷しようとするホウレンソウは、しおれがひどかったり、葉が黄色になっているか、腐敗した葉を除去するために選別をする。この時、ホウレンソウに土がついていないか検査し、土がある場合は除去して包装するようにする。ホウレンソウを選別するとき、温度が高ければ品質変化が早く、結露がひどくなりうるため、可能な限り低い温度で選別するようにする。選別したホウレンソウは、大きさ別に包装するが、あまりに小さなものは商品価値がないため、除外するようにする(p55)。 (小包装)ホウレンソウは、束ねて販売もするが、プラスチックパックで小包装して商品化することもある。この時、ホウレンソウの鮮度維持などのために、土がついた根の武威だけを除去して包装できる。ホウレンソウを洗浄せずに根の部分だけ切断し、30~50㎛厚のPEフィルムで密封包装すれば、5℃で約3週間品質を維持することができるとともに、慣行の方法より一般生菌数が少なく(7.3 → 6.1 logCFU/g)、新鮮度が優れており(1.3 → 3.8点)、貯蔵を延長できる(p56)。農村振興庁(2018)「農業技術道しるべ204 ホウレンソウ(시금치 농업기술길잡이 204)」
まあ、間違ったことは書いていませんが、あまりに一般的な事項を紹介しているだけであり、両国の調製作業への熱度の違い(当然日本が熱心)が見て取れると思います。
包装資材の違い
下に、両国で一般的に使用されるPEフィルムを示しました。
ご覧のとおり、韓国のフィルムは、長さ22cm(のり面4cm)と日本のものよりやや小ぶりな代わり、幅が40cmもあります。おそらくは400g程度入れることができると思われます。
対して、日本のフィルムは、長さ36cm、幅が15~28cmと、ホウレンソウの草姿に合わせた加工がなされているものの、幅15cmの部分が制限要因となり、おそらくは200gしか入りません。
この差が、両国の労働時間の差分60時間のうち、15時間程度韓国が短くなっていると思われます。
さらに見過ごせないのが、包装資材の価格(単価)です。これらの資材で、1トンのホウレンソウを包装する際の価格を試算してみました(価格は10ウォン=1円で試算)。
- 韓国:35,400円/4,000枚→8.85円/1枚→400g入なので2,500袋必要→8.85×2500=22,125円
- 日本:3,535円/500枚→7.07円/1枚→200g入なので5,000袋必要→7.07×5,000=35,035円
PEフィルム一つで、純粋な物財費のレベルでも1万2千円の差が生じることが分かります。
仮に所得が15万円であった場合、この1万2千円はが占める影響は大きいです。
新型コロナウィルス感染拡大が経営にどう影響したか?
最後に、新型コロナウィルス感染拡大が経営にどう影響したか、両国の雇用労働時間の推移を通じて、考えます。
上にみたように、2019年の雇用労働率は、両国とも25%程度でした。
しかし、韓国は、2020年以降減少し、2021年の雇用労働率は14%にまで下落しました。
半面、日本の場合は、2021年は31%にまで上昇しました。
この背景として考えられるのが、新型コロナウィルスの感染拡大です。韓国のホウレンソウ産地は、外国人労働者を使っていたために、感染拡大以降は雇用労力の調達に苦労していると思われます(品目は異なるが参考:ハンギョレ・2021年6月9日付記事)。
半面、日本の場合、もともと近所の日本人を雇用していたうえ、コロナ禍での失業者をうまく吸収できているのかもしれません。
なお、韓国農業における外国人労働者の実態は、↓下リンクも参考にしてください。
参考資料
韓国農村振興庁「2014年以降所得情報」(농촌진흥청「2014년이후소득정보」):当該ページを操作し、2019年・2020年・2021年の全国(전국)露地ホウレンソウ(노지시금치)に関する情報を抽出
農林水産省「農業経営統計調査>営農類型別経営統計」:令和元年、令和2年、令和3年
韓国農村振興庁(2020)「農業技術道しるべ ホウレンソウ(농업기술 길잡이 )시금치」:p55~56
三井和子(2012)ホウレンソウの調製作業事例集:2023.5.31閲覧