農業やその関連産業に就く次世代を育てる機関としては、大学農学部のほか、2~3年制の短期大学等もあります(韓国の大学農学部の概況は下リンクを参照してください)。
そして、卒業後ただちに就農するのは、むしろ短期大学等の方が一般的です。
さて、韓国では、「卒業後ただちに就農するための2~3年制の学校」はあるのでしょうか?
その疑問に答えるため、ここでは、韓国の農業系短期大学を代表する「国立韓国農水産大学校」を取り上げ、学校HPなどから実態を読み解きます。
また、日本での類似教育機関である農業大学校などとの違いもあわせて解説します。
- 韓国では、農業後継者を養成する国家機関として、3年制の国立専門大学「韓国農水産大学校(韓農大)」が設置されている
- 韓農大の専攻は、水田、野菜、果樹、肉牛などの一般的な専攻のほか、特用作物、馬産業などのマイナーな課程も用意されている
- 韓農大は、卒業後6年の営農従事義務があり、その他の条件をあわせて満たすことで授業料や寮費が無償になる
- 韓農大の入試は、本人の能力のほか、選考方式によっては両親や近親者の営農基盤を詳細に報告する必要があり、卒業後に農業に従事すべき人を入試段階から選抜している
- 韓農大の基本的な性格は日本の各道府県に設置された農業大学校と似ているが、上記の2~4が異なっており、簡単に言うと韓農大の方が徹底している
韓国の短期大学は「専門大学」
韓国では、高等教育法第47条に従い、以下のように専門大学が位置づけられています。
専門大学は、社会各分野に関する専門的な知識と理論を教授・研究し、才能を錬磨し、国家社会の発展に必要な中堅職業人を養成することを目的とする。
また、具体的な教育課程などについては、高等教育法第48条以下に記されています。
第48条(修業年限)①専門大学の修業年限は以下各号のとおり。 1.専門学士学位過程:2年以上3年以下とするが、修業年限3年にする場合は大統領令で定める。 2.専門技術碩士学位課程:2年以上 ②学則で定める学点(訳注:単位のこと)以上を取得した人に対しては、第1項によらず大統領令により定めるところに従い修業年限を短縮できる。 第49条(専攻深化過程)専門大学を卒業した人の継続教育のために、大統領令により定めるところに従い、専門大学に専攻深化過程を設置・運営できる。 第49条の2(専門技術碩士学位課程)高熟練技術専門家の養成のために、大統領令により定めるところに従い、専門技術碩士学位課程を設置・運営できる。 第50条(学位の授与)①専門大学で学則により定める過程を終えた人には専門学士学位を授与する。 ②専門学士学位の種類と授与に必要な事項は大統領令により定める。 (中略) 第51条(編入学)専門大学を卒業した人や法令によりこれと同じ水準以上の学力があると認定された人は、大学、産業大学または遠隔大学に編入学できる。
以上のことから、韓国の専門大学は、日本の短期大学とほぼ同じ考え方に基づいて設置されています。
唯一異なる点が、専門大学を出た人がさらに勉強したい場合に、「専攻深化過程」や「碩士学位課程」が設置されていることになります。
国立韓国農水産大学校の紹介
韓国の農業系専門大学として最も有名なのは、「韓国農水産大学校」(以下、韓農大)があります。この大学を設置運営するために、「韓国農水産大学校設置法」が制定され、第2条に設置目的が簡単に示されています。
第2条(設置)農漁業部門に従事する者に専門的な知識と技術を教授・練磨し、理論と実務能力を等しく備えた専門農漁業経営人を養成するために、農林畜産食品部長官所属による韓国農水産大学校を置く。
韓農大は、高等教育法に定められた専門大学ではありますが、「農漁業部門に従事する者」が「理論と実務能力を等しく備えた専門農漁業経営人」になるために設置されているということを、きちんと明記しているところに、この大学の特徴がよく表れています。
韓農大の所在地
全羅北道全州市徳津区コンジパッチ路1515(中洞)전라북도 전주시 덕진구 콩쥐팥쥐로 1515 (중동)
余談ですが、コンジパッチ(콩쥐팥쥐)というのは、韓国の昔話で「継母のもとでひどい扱いを受けたコンジが高貴な人物と結婚することになり、コンジをいじめたパッチと継母は処罰されるという内容の昔話」のことです(下リンク参照)。
設置者および修学年限
設置者:国(農林畜産食品部)、修学年限3年(+希望者は深化学習過程1年)
設置学部・学科および定員
韓農大の24年入学生の定員は、全部で570名であり、その内訳は以下のとおりです。
- 作物・山林学部:食用作物専攻40名、特用作物専攻30名、きのこ専攻30名、山林専攻25名、造景専攻25名=150名
- 園芸学部:野菜専攻40名、園芸環境システム専攻40名、果樹専攻40名、花き専攻30名=150名
- 畜産学部:韓牛専攻40名、酪農専攻20名、養豚専攻25名、家禽専攻25名、馬産業・伴侶動物専攻25名=135名
- 農水産融合学部:農水産フードテック専攻35名、農水産ビジネス専攻35名、産業昆虫専攻25名、水産養殖専攻40名=135名
以上のように、韓農大は、韓国に存在する農業のほとんどの領域をカバーしているほか、園芸環境システムや農水産フードテック専攻などといった農業に隣接している分野の専攻も充実していることが分かります。
入学試験の特色
韓農大入学者の大半は「特別選考(특별전형、日本の推薦入試とほぼ同じ)」ですが、大きく分けて以下の選考方式があります。2024年入学者の入試要項が出ていましたので、これをもとに整理します。
なお、各選考は、重複志願ができると書かれています。
農水産人材専攻(全学部で227名)
その名のとおり、農漁村地域出身者を選考するためのものです。
区分 | 内容 | 備考 |
農業系および水産系高校卒業(予定)者 | 当大学で認める農水産系高校卒業(予定者) | 高校系列区分は志願者の入学当時の基準とする |
農漁村(邑・面)地域高校卒業(予定)者 | 農漁村(邑・面)地域所在の高校卒業(予定)者 | ・邑・面の適用は高校入学当時の行政区域単位を基準とする ・邑・面所在高校卒業以降または在学期間中に邑や面が洞に改編された場合は、洞も邑・面と認定する |
農業系高校の基準は単純ですが、備考でお分かりのとおり、農漁村地域高校出身と認められるためには、細かな条件が付帯されています。
恐らくは、「学歴ロンダリング」を行うのを未然に防止しているものと思われます。
なお、韓国において農漁村地域を定義する方法については、以下で詳しく説明しています。
入試要項によると、この選考方式は、一般的な内申書や農業関係の資格証明書のほか、添付資料として以下のようなものを提出するようになっています。
- 農業経営体登録確認書(農産物栽培・家畜生産の詳細内訳を含む):これは日本で言う農業委員会で農家と認定されていることと、認定農業者になっていることを兼ねたものです。
- 土地登記事項全部証明書(農地を所有する場合のみ)
- 食品製造加工営業証明書(最初に発行された証明書と登録更新内訳必須)
- 漁業許可証、船籍証、塩田開発許可証
これらは、もちろん本人ではなく、両親をはじめとする近しい人々のものです。
簡単に言うと、これらの添付書類で志願者が卒業後に本当に農漁業をするための基盤を有するかをしっかりとチェックされるということなのです。
都市人材選考(全学部で149名)
これは、前項の農業系高校や農漁村地域以外の高校出身者に対する選考です。
添付資料として、農林水産業の経営基盤があるかの提出はこの選考で求められます。
また、この選考には限りませんが、両親以外の親族が経営している場合は、「家族関係証明書」の添付による志願者との関係証明も求められます。
社会統合選考(全学部で20名)
分かりにくい選考名ですが、要は家族を含め農林水産業経営に関する基盤が全くない志願者への救済措置であり、具体的には以下のような人が対象になっています。
- 児童福祉施設出身者
- 生活保護受給者
- 次上位階層出身者:ここでの「次上位階層(차상위계층)」とは、生活保護受給者のすぐ上であるという意味です。具体的には、基準中位所得(2021年は4人家族で月487万ウォン)の半分以下の所得しか得られない家族の出身者を指します。
- 片親家族支援対象者:韓国では「片親家族支援法(한부모가족지원법」)」という法律が制定されており、その対象者も行政により明確にされています。
- 北朝鮮からの離脱住民:これもやはり「北韓離脱住民の保護および定着支援に関する法律(북한이탈주민의 보호 및 정착지원에 관한 법률)」で対象者が明確にされています。
地域均衡選考(全学部で40名)
韓農大は、全羅北道に所在するため、大学から遠い地域出身の志願者は、どうしても志願熱が下がります。それを防ぐために、特定地域出身者だけの入学枠が設けられています。
- 慶尚北道、慶尚南道:20名(各学部5名ずつ)
- 忠清北道、忠清南道:12名(各学部3名ずつ)
- 江原道・済州特別自治道:8名(各学部2名ずつ)
一般選考(全学部で134名)
上記以外で特に条件を設けない専攻方式です。
ただし、選考時期が異なっており、簡単に言えば2次募集ということになります。
具体的には、「農水産人材」「都市人材」「社会統合」「地域均衡」選考は、10月5日までに書類提出、11月1日に書類選考合格発表、11月6~10日に面接試験、11月22日に最終合格が発表されます。
一般選考では、書類提出時期こそ10月20日までですが、11月29日に書類選考合格発表、面接試験は12月4~8日、最終合格発表が12月20日になっています。
このように、「農水産人材」~「地域均衡」選考の最終合格者が定まった後に、一般選考を行うことにより、定員充足のほか、質の高い学生の確保も図っていると言えます。
学生生活
学年別の教育目標
韓農大HPによると、以下のように定められています。
- 1学年ー基礎教育と農水産業科目教育:一般的な教養科目はもちろん作物別専門技術と農水産業経営に必要な専門知識まで、農水産業CEOとしての経営マインドから流通教育まで農水産業経営者としての基礎を身につけるための基本教養教育
- 2学年ー国内外先進農漁場派遣実習を通じた現場教育:1年の間、先進農漁場で直接体で覚える現場実習教育課程。学校で学んだ専門知識を現場で適用するだけでなく、国内外の優秀な農漁場の経営基盤と生産ノウハウを直接学ぶことにより、現場の専門性と発生しうる問題点をあらかじめ熟知して現場対応力を強化
- 3学年ー営農漁定着のための問題解決型教育および創業設計と農水産業科目教育:卒業後の計画を具体的に設計し、実質的な創業を準備する段階。指導教授の1:1個別指導を通じ、自身の具体的進路はもちろん、創業と関連した多様な情報の提供を受け、創業時に発生しうる多様な変数を事前に点検することにより、安定的かつ効率的な営農漁活動を準備
- 専攻深化過程ー学士学位授与のための専攻深化過程:専門学士として卒業後、農業現場での実務経歴が1年以上となった場合、学士学位授与のために専攻深化過程が履修可能。卒業生が営農でぶつかる問題解決中心の教育により農産物の収穫後処理、貯蔵、加工、流通、経営等を教育
韓国では、通常の専門大学の場合は、卒業後ただちに専攻深化過程に進めるところも多いですが、韓農大の場合は「農業現場での実務経歴が1年以上」が条件となっており、農業後継者の定着を念頭に置いているかの本気さが分かります。
学費等
上リンクに示した「韓国農水産大学校学費支援条件履行と償還に関する規定」に基づき、韓農大は、以下を遵守することを条件に入学金・授業料・寮費(全寮制)は一切支出しなくてよいことになっています。
- 卒業後6年以上は農漁業に従事すること
- 男性の場合、上記とは別に兵役等の公益任務に服すること
- 1年に1回、「義務営農履行報告書」を大学に報告すること
- 留年しないこと(修学年限の3年は無償となるが、それ以降は有償)
特に、農業にきちんと従事していたとしても、年に1回の「義務営農履行報告書」を怠ったため、卒業5年後に1600万ウォンを一括で償還するように通告が来た事例があるとのことです(下リンク)。
日本の「農業大学校」との違い
農業大学校(農業者研修教育施設)とは
日本では、農業に関する2年制の教育が、学校教育法で定められた短期大学で受けられるほか、農業改良助長法第7条の五に定める「農業者研修教育施設」で受けることができます。
農業者研修教育施設は、現在では、41道府県に設置されており、養成課程の場合「高校卒業程度の学力を持つ人が、2年で2400時間(80単位)以上、分野に応じた専門課程を、講義、演習、実験と実習がおおむね半分ずつ」というカリキュラムに則って運営されています(下リンク)。
なお、国立の農業者研修教育施設としては、農林省→農林水産省→農研機構という変遷はあるものの、昭和43~平成23年まで「農業者大学校」が設置されていました。
農業者大学校は、3年制であり、カリキュラムが韓農大と非常に近い特性を持っていましたが、行政改革の影響で平成13年からは2年制に変更され、23年には廃止されています(下リンク)。
韓農大と日本の農業大学校との違い
以上をまとめると、韓農大と日本の農業大学校は、設立目的やカリキュラムは非常に似ていますが、以下の点が違っていると言えます。
- 韓農大は3年制だが、日本の農業大学校は2年制
- 韓農大は、特殊な作物・家畜(特用作物、馬)など、地域ごとの需要は多くなくても国家的見地で必要とされる課程が設置されている。しかし、日本の農業大学校の場合は、各道府県の主要品目にならざるを得ない。
- 韓農大の場合、3年修了で専門学士が取得できる専門大学でもあり、その後も一定の条件を満たせば学士を取得可能。しかし、日本の農業大学校の場合、大部分が専修学校という位置づけである(下リンクも参考)。
- 韓農大の場合は卒業後の就農義務を厳しく問われる。日本の場合は道府県による差はあるが就農義務までは科されていないところが多い。
参考資料
- 国家法令情報センター(국가법령정보센터):「高等教育法(고등교육법)」「韓国農水産大学校設置法(한국농수산대학교 설치법)」「韓国農水産大学校学費支援条件履行と償還に関する規定(한국농수산대학교 학비지원조건 이행과 상환에 관한 규정)」:23.07.04閲覧
- 韓国農水産大学校HP:「募集要項(모집요강)」「教育課程(교육과정)」:23.07.04閲覧
- 21.12.07付・韓国農漁民新聞「”証明書類提出してなかった”農水産大 教育費償還通告 青天の霹靂(”증빙서류 제출 안했다” 농수산대 교육비 상환 통보 날벼락)」:23.07.04閲覧
- 農林水産省「農業大学校等のご案内」:23.07.04閲覧
- 農研機構「農業者大学校に関する情報・手続き」:23.07.04閲覧