農業を職業としている人は、職業選択の方法から以下の2つに分けられます。
- 両親をはじめとする親族が営んでいた経営を継承する
- 農地などを自ら手配して農業経営を始める
日本や韓国は、今でも「1.親族が営んでいた経営を継承」の方が圧倒的に多いのが現状です。
しかし、近年、特に韓国では、「2.自ら手配して農業経営を始める」人が増えているといいます。また、農業経営を始めないまでも、農村地域に転居する人も増加しています。
ここでは、韓国の新規就農者事情について、手軽に分かるように整理してみました。また、比較がしやすいように、日本のデータもあわせて整理しておきます。
- 韓国の帰農者とは、「農村以外の地域に居住する農業者以外の人が、農業者になる前に農村に移住し、農業経営体登録を行った人」を意味する
- 韓国の帰村者とは、「農業者や漁業者でない人のうち農漁村に自発的に移住した人」を意味する
- 韓国では、帰農や帰村に対してきちんとした住民登録等の根拠をもとに集計しており、特にどこからどこに住民登録を移したかが大きな意味を持つ
- 日本と韓国とも、新しく農業を始めた人を調査する仕組みが整備されている。しかし、日韓両国では統計の設計が全く異なっており、単純比較ができない
韓国における帰農者(귀농인)と帰村者(귀촌인)の定義
これには、そもそも論として、韓国での農業者は何を意味しており、韓国での農村地域はどこを意味するかが明確でなければなりません。
この項では、それらについてもあわせて説明します。
韓国の帰農者とは
要件 | 帰農前 | 帰農後 |
---|---|---|
住民登録地 | 「洞」に居住(1年以上) | 「邑」または「面」に居住 |
職業 | 農業者ではない | 農業者(農業経営体登録) |
上表で要約したとおり、帰農者(귀농인)とは、「農村以外の地域に居住する農業者以外の人が、以下の条件すべてを満たし、農業者になる前に農村に移住した人」を指します。
ここで言う「以下の条件」を整理します。
- 農村地域に移住する直前に農村以外の地域に1年以上「住民登録法」により住民登録されていた人が、農業者になるために農村地域に移住し、「住民登録法」による転入届を出すこと
- 「農漁業経営体育成および支援に関する法律」に基づき農業経営体に登録すること
帰村者とは
要件 | 帰村前 | 帰村後 |
---|---|---|
住民登録地 | 「洞」に居住(1年以上) | 「邑」または「面」に居住 |
職業 | 農業者ではない | 農業者ではない |
上表で要約したとおり、帰村者(귀촌인)とは、「農業者や漁業者でない人のうち、農漁村に自発的に移住した人。農漁村地域に自発的に移住する直前に、農漁村外の地域に1年以上住民登録をしていて農漁村地域に移住した後に転入届を出し、かつ以下を除く人」を指します。
ここで帰村者の除外対象になる「以下」を整理します。
- 「初中等教育法」および「高等教育法」による学校の学生
- 「兵役法」により兵役の義務を遂行中の人
- 職場の勤務地変更などにより一時的に移住した人
- 帰農者、帰漁者
帰農者・帰村者ともに言える話ですが、以上のような定義をきちんと定めることによって、正確な人数の把握が可能になり、また支援対象者の絞り込みができるのです。
韓国で農業者(농업인)として認められるための条件
では、韓国において、帰農者になる前提条件である農業者と認められるにはどうしたらよいでしょう?
これも、法令で定められていて、ざっくりいうと、以下のいずれかを満たす必要があります。
- 1千平方メートル以上の農地を経営するか耕作する人(ただし、農業者でない人が分譲を受けるか、農漁村住宅などに付属する農地は除く)
- 農業経営を通じて年販売額が120万ウォン以上の人
- 1年に90日以上農業に従事する人
- 「農漁業経営体育成および支援に関する法律」により設立された営農組合法人の農産物出荷・流通・加工・輸出活動に1年以上継続して雇用された人
- 「農漁業経営体育成および支援に関する法律」により設立された農業会社法人の農産物流通・加工・販売活動に1年以上継続して雇用された人
韓国における農村地域の定義
韓国の行政区域で「邑」または「面」が農村地域
上にあげたリンクは、忠清北道丹陽郡HPにあげられている「よくある質問 農村地域とは(자주묻는질문 농촌지역이란)」を引用したものです。
ざっくり言って、「農村地域とは、邑(읍、ウプ)や面(면、ミョン) 地域を言う」とされています(同郡HPは、「洞」(동、ドン)地域の除外規定を詳しく書いていますが煩瑣なので省略)。
市郡における「洞」、「邑」、「面」の関係
「洞」、「邑」、「面」がどのようなものかを一言で説明するのは難しいのですが、ざっくり言うと市または郡の下位行政区域を指します。
以下では、韓国の典型的な市または郡で「洞」・「邑」・「面」がどのように分布しているかをまとめました。
ソウル特別市や釜山広域市のような大都市の場合
- ソウルや釜山などの場合、基本的には「市」の下位に「区」があり、区内には「洞」しかない構造になっています。
- すなわち、ソウルや釜山の場合、市内のすべてが農村地域ではないことになります。
- よって、帰農または帰村する場合には、ソウルや釜山からは転出する必要があります。
人口30万人程度の中都市の場合
- 中都市の場合、住宅地や商業地は「洞」に分類され、市内人口の多くがここに住んでいます。
- 一方で、「面」は農村地域や山林などです。
- また、「邑」はこの都市が合併によりできた場合、古くからある合併前の郡中心地・鉄道駅・港などがある地区が該当します。なお、市によって「邑」がない場合もあります。
- このような市に住んでいる場合、市内の「洞」から「邑」または「面」に転入届を出しただけで、帰村に該当しえます。
郡(人口5万人程度)の場合
- 郡の場合、郡の行政をつかさどる「郡庁」が置かれている地域は「邑」になります。
- 中都市で説明したように、郡にも2つ以上の「邑」がある場合もあります。
- この郡内で転居する場合は、どこに行っても帰農・帰村には該当しないことになります。
「洞」、「邑」、「面」で見た韓国人口は?
上のリンクは、「大韓民国ナショナルアトラス3巻(대한민국 국가지도집3권)」に収載された「洞」・「邑」・「面」別人口の1946~2010年までの推移を示したものです。
この図を見ると、以下のことが言えます。
- 独立直後の1949年時点では、「面」居住者1479万人、「邑」居住者192万人であり、全人口約2000万人中85%が農村地域で暮らしていた。
- 2010年時点では、「面」居住者456万人、「邑」居住者420万人であり、全人口約5000万人中で農村地域で暮らしている人は9%以下である。
- 「洞」居住者は、1949年の346万人から2010年の3982万人と10倍以上に激増している。
以上から分かるように、韓国の「農村地域」人口は、この60年で半分に減少したことになります。
農林水産業の発展だけでなく、地域消滅を防ぐためにも、帰農・帰村を韓国政府が推奨している理由がご理解いただけると思います。
韓国における「帰農」者、「帰村」者の推移
帰農、帰村者に関するデータ
韓国帰農者数の推移(男女別)
- 帰農者数は、景気等の社会情勢により若干の動きがあるものの、13年頃と比べると21年は1.5倍に増えています。
- 男女比は、近年では概ね2:1で男性の方が多いです(なお、このグラフでは、職業として農業に就いた人の合計で、帯同している家族は含めていません)。
韓国帰村者数の推移(男女別)
- 帰村者数は、13年頃と比べると21年は1.2倍程度と小幅に増加しています。
- 男女比は、ほぼ1:1です。
年齢層別にみた帰農・帰村者数の推移
帰農者の年齢層別割合
- 最大のボリュームゾーンは、50歳代および60歳代であり、各年とも70%程度を占めています。
- 年ごとにみると、60歳以上が少しずつ増加し、39歳以下が少しずつ減少しています。
帰村者の年齢層別割合
- 帰農者の場合は39歳以下が20%台であるのに対し、帰村者は39歳以下が50%程度を占めています。
- 帰農者の場合と同じく、60歳以上が年を経るごとに少しずつ増加しています。
データの解釈
- 帰農者の方が帰村者に比べると、人数の上下動が激しい傾向があります。
- 帰農者が多い年は帰村者も多い傾向があります。これは、帰農者の家族が一緒に転入してくるものの農業には従事しない(例:夫は面でトマト栽培、妻は邑内で塾講師など)ためと思われます。
- ただし、上記は定着を示す指標ではないので、注意が必要です(仮に帰農帰村者全員が定着していれば、韓国には農村の過疎化や農業者不足などは起きないことになります)。
- 年齢層別にみると、帰農者は50~60歳代中心であるのに対し、帰村者は39歳以下が中心になっています。これは住宅の取得や子育てなどの要因で「帰農はしないが帰村はする」39歳以下の年齢層が多いと解釈できます。
日韓で新しく農業を始めた人口の比較
日本における新規就農者の人数
日本における新規就農者の定義
日本では、新しく農業という職業に就いた人をまとめて「新規就農者」と呼びますが、就農形態別に以下のように細分類しています。
- 新規自営農業就農者(個人経営体の世帯員で、調査日前1年間の生活の主な状態が「学生」→「自営農業への従事が主」になった者+「他に雇われて勤務が主」→「自営農業への従事が主」になった者)
- 新規雇用就農者(調査日前1年間に新たに法人等に常雇として雇用されることにより、農業に従事することとなった者)
- 新規参入者(土地や資金を独自に調達し、調査日前1年間に新たに農業経営を開始した経営の責任者及び共同経営者)
日本新規就農者数の推移(男女別)
- 新規就農者数は2015年がピークであり、2021年はピーク時の80%強にまで減少しています。
- 男女比は、概ね8:2で男性の方が多いです。
日本新規就農者数の推移(就農形態別)
- 年次に関係なく、自営就農者が70~80%を占めています。雇用就農者は全体の20%程度、新規参入者は5~7%程度です。
日本新規就農者の年齢層別割合
- 最大のボリュームゾーンは、65歳以上であり、30~35%程度を占めています。
- 年ごとにみると、60歳以上および39歳以下が増加傾向である反面、40~64歳が減少傾向です。
日韓のデータ比較
人数の比較
日本の新規就農者には、韓国の帰農者に相当する方も含まれていますが、韓国の定義には当てはまらない人も日本の新規就農者に含まれています。以下で具体例を見ていきましょう。
- 韓国の帰農者に相当:(日本の)新規参入者、都市部に出ていた農家子弟が故郷に引っ越して自営就農、都市で働いていた人が農村地域で雇用就農
- 韓国では定義なし:(日本の)住所を移転せずに他産業に勤めていた人が就農する場合
よって、両者の動向を単純に比較するのは非常に困難です。それでも、あるデータであえて比較を試みます。
- 下リンクにあるように、2021年現在、日本の農家は100万戸、韓国の農家は約50万戸あります。両国ともに高齢での就農者が多いことから、農業をする期間を20年と仮定しましょう。
- すると、日本では年5万人が就農し、韓国では年2.5万人が帰農しなければ、現在の水準を維持できないことになります。
- 日本の場合、就農者数が年5~6万人いるので、一度就農したら20年は農業を続けるのであれば、今の水準を維持できそうです。
- しかし、韓国の場合、年1.5万人程度の帰農者だけでは、農家戸数を維持することもできません。やはり、帰村者の中から新しく農業をする人を養成するなどの対策を取る必要がありそうです。
- なお、男女比では、日本の新規就農者は男性が80%を占めるに対し、韓国では男性比率が65~70%です。日韓で就農の定義が異なっているのも要因ではありますが、日本もせめて韓国並みに女性比率が高まらねば産業としてのイメージ向上にはつながらないと思われます。
年齢層の比較
先にまとめたとおり、韓国の帰農者は50~60歳代が70%程度を占め、70歳以上の帰農者を含めると75%を占めています。
これに対して、日本の場合、新規就農者のうち50代以上が占める割合は、60%強です。
日本は就農者の年齢が若いというアドバンテージがあると思われます。
半面、韓国の場合、39歳以下の若い世代の就農が少ない反面、50代の就農が多いという特徴があります。これは、韓国の雇用慣行が50台を中心にリストラされやすいという社会を反映しているといえます。
参考資料
- 大韓民国法制処サイト「探しやすい生活法令情報(찾기쉬운 생활법령정보)」:23.06.20閲覧
- 韓国民俗文化大百科事典「洞」「邑」「面」の項:23.06.20閲覧
- 忠清北道丹陽郡HP「よくある質問 農村地域とは(자주묻는질문 농촌지역이란)」:23.06.20閲覧
- 大韓民国国土交通部国土地理情報院「大韓民国ナショナルアトラス3巻(대한민국 국가지도집3권)」P340:23.06.20閲覧
- 大韓民国統計庁「帰農漁・帰村人統計(귀농어·귀촌인통계)」:23.06.20閲覧
- 農林水産省「新規就農者調査」:23.06.20閲覧