日本と同じく、韓国も青年就農者数の減少に悩まされています。
このことは、産業としての農業の衰退だけでなく、農村地域の維持にも大きな影響を及ぼす課題になっています。
一方では、他産業に負けない競争力を農業に付加させるためには、情報技術を大胆に利用した知能化農場「スマートファーム(스마트팜)」の普及が欠かせません。
そこで、韓国では、青年就農者数の増加と、スマートファーム普及の一石二鳥をねらう「スマートファーム革新バレー」を2018年から計画し、2023年現在で国内4か所に拠点を設けています。
ここでは、「スマートファーム革新バレー」の概要紹介、慶尚南道密陽市(경상남도 밀양시)にあるスマートバレーを紹介することで、特徴を分かりやすく整理しました。
ハウスを利用した韓国スマート農業の概要を知りたい方、韓国の青年就農者対策を知りたい方は必読です。
- 韓国政府は、施設型スマート農業施設をスマートファームと呼んでおり、「ビニルハウス・畜舎などに、IoT・ビッグデータ・人工知能・ロボットなど第4次産業革命技術を接ぎ木し、作物と家畜の生育環境を遠隔・自動で適切に維持管理できる農場」と定義づけしている
- 韓国政府は、「スマートファームに特化した青年農業者育成、施設資材研究・実証機能を集約し、農業者-企業-研究機関の間のシナジーを創出する拠点」としてスマートファーム革新バレーを位置づけており、2023年現在全国に4か所設置している
- 慶尚南道密陽市にある「慶南スマートファーム革新バレー」は、39歳以下就農希望者のスマート農業研修施設と位置づけられており、満18~39歳以下の創業希望者を毎年52名受け入れ、トマト、イチゴ、パプリカ等の品目の栽培やスマート農業技術を合計20か月間教育している
- 慶南スマートファーム革新バレーは、上記のほか、研修での成績優秀者に対するスマートファーム貸与、スマート農業技術の実証、栽培環境などのビッグデータの収集業務も行っている
- 日本には、スマート農業施設に特化した教育を行う機関がないうえ、公的機関がビッグデータを収集する仕組みも未整備なため、改善する必要がある
スマートファーム革新バレー(스마트팜 혁신밸리)とは?(韓国農食部による事業紹介)
韓国におけるスマートファームの発展計画
韓国農林畜産食品部(日本の農林水産省に該当)では、スマートファームを以下のように定義しています。
ビニルハウス・ガラス温室・畜舎などに、IoT(物のインターネット)・ビッグデータ・人工知能・ロボットなど第4次産業革命技術を接ぎ木し、作物と家畜の生育環境を遠隔・自動で適切に維持管理できる農場
そして、スマートファームには、以下のような3つの発展段階があると明記しています。
区分 | 1世代 | 2世代 | 3世代 |
---|---|---|---|
目標効果 | 便利さの向上「もう少し楽に」 | 生産性向上「少なく投入し、多くつくる」 | 持続可能性向上「誰でも高生産・高品質」 |
主要機能 | 遠隔施設制御 | 精密管理 | 全段階の知能・自動管理 |
核心情報 | 環境情報 | 環境情報、生育情報 | 環境情報、生育情報、生産情報 |
革新技術 | 通信技術 | 通信技術、ビッグデータ/AI | 通信技術、ビッグデータ/AI、ロボット |
意思決定/制御 | 人間/人間 | 人間/コンピュータ | コンピュータ/ロボット |
代表的事項例示 | スマートフォンによる温室制御システム | データに基盤を置く生育管理ソフトウェア | 知能型ロボット農場 |
管理人が見たところ、世界中で3世代に発展した園芸施設は皆無であり、2世代がオランダ等の先進国で普及中、日本や韓国では1世代が普及中で2世代はごく一部にしか導入されていない状況です。
事業の目的
- コンセプト:スマートファームに特化した青年農業者育成、スマートファームの施設資材研究・実証機能を集約し、農業者-企業-研究機関の間のシナジーを創出する拠点
- 農業・農村への青年流入:専門補習体系、創業および居住空間の構築→青年の安定的創業・定着
- 農業と周辺産業が一緒に成長:企業-研究機関-農業者間の共同研究開発→技術革新、新製品開発
- 箇所数:2022年までに全国に4か所造成
- 構成:「スマートファーム創業補習センター、賃貸型ファーム、実証団地」を基本要素(20ha+α)に、園芸事業群(流通、定住要件など)をパッケージとして支援
- 青年への補習:スマートファーム青年創業補習センター(4か所)を通じ、青年がデータを基盤としたスマートファームの専門知識を習得・経営実習した後、レンタル型スマートファームを経て、創業に軟着陸を誘導
- 研究・実証:スマートファーム実証団地で企業や研究機関の技術実証、ビッグデータ分析、認証、展示・体験システム提供
施設整備の現状
以上のような目的を持つ「スマートファーム革新バレー」は、現在のところ韓国に4か所あります。それらの所在地は以下のとおりです。
- 全羅北道金堤市(21年12月より稼働、住所:全羅北道 金堤市 白鷗面 黄土路1079<전북 김제시 백구면 황토로 1079>)
- 慶尚北道尚州市(21年12月より稼働、住所:慶尚北道 尚州市 沙伐國面 青龍ギル302-96<경북 상주시 사벌국면 청룡길 302-96>)
- 全羅南道高興郡(22年より稼働、住所:全羅南道 高興郡 道徳面 伽耶里3742番地<전남 고흥군 도덕면 가야리 3742번지>)
- 慶尚南道密陽市(22年より稼働、住所:慶尚南道 密陽市 三浪津邑 林川里1285<경상남도 밀양시 삼랑진읍 임천리1285>)
なお、上記4か所は、研修品目等は多少違いはありますが、事業体系はまったく同じように運営されています。
そのための担保として、各施設に共通して以下の設備を設置するよう、農林畜産食品部が標準モデルを設定しています。
核心施設 | 主要内容 |
---|---|
補習温室 | 1か所2.3ha、補習センター 教育型(6か月)・経営型(12か月)実習用に活用 |
賃貸型温室 | 1か所約6.0ha、成績優秀な補習生に3年貸与(4~500坪/人) |
実証温室 | 1か所約2.0ha、スマート農業機資材の実証および研究開発空間をレンタル |
慶南スマートファーム革新バレー(경남 스마트팜 혁신밸리)の概要
慶南スマートファーム革新バレーの紹介動画とその翻訳
以下のニュース動画とその翻訳に目を通していただければ、慶南スマートファーム革新バレーの最低限の目的や様子がお分かりいただけるかと思います。
スマートファームという言葉を聞いたことはありますか?
農業に情報通信技術を接ぎ木し、より知能化された農業のことですが、そんなスマート農業で青年農業者を育てようとする場所があります。
消滅の危機に置かれた農村を復活させる解決策になれるか、高い関心を集めています。
文チョルジン記者が取材しました。
ガラスでつくられた温室内でイチゴが赤く実っています。
イチゴが順調に大きくなるように、温度と湿度はもちろん、水・肥料・日射量まで自動で調節しています。
情報通信技術を組み合わせたスマートファームです。
平凡な会社員だった徐ジニルさんは、スマートファームで教育を受けた後、ここを借りて本格的にイチゴ栽培を始めました。
農家としては初歩ですが、インドネシアに輸出するほど高品質のイチゴを収穫しています。
賃貸スマートファーム利用者「これからもブルーオーシャンが続くと考えています。既存の農家たちは、新技術導入について防御的に導入するものだと考えていますが、スマートファームを通じて高い効率がもたらされれば・・・」
慶尚南道は、スマート農業の先頭に立って青年農業者を育成するため、密陽に大規模スマートファームを造成しました。
青年たちは20か月もの間、スマート農業を学び、実習しながら農業者に成長します。
研修生「コンピュータとかAIとかが農業に入ってこざるを得ないと考えていまして、私がそれをきちんと活用し、それでより良い農産物を生産できれば、すごいメリットになると私は考えます」
もう3期まで選抜されて教育を受けていますが、競争率が2倍を超えるほどの人気があります。
研修生「私たちが生きたい人生を送ろうとすれば、ずっと職場に通っていてはダメだ。自分がやるべきことをしなくちゃ。そう思って農業を学んでみようとここに来ました」
慶尚南道と密陽市は、教育生たちが地域に定着し、農業ができるようスマートファームを貸してあげ、居住団地も造成するなど多様な支援策を準備しています。
慶尚南道農業人材資源管理院長「1期当たり12名程度を選抜して、ここに賃貸型スマートファームを3年間、1人当たり500坪程度を低廉な価格で貸し出しています」
消滅の危機に瀕する農村を再生させる代案として、情報通信技術を接ぎ木したスマートファームが注目を受けています。
MBCニュース文チョルジンでした。
慶南スマートファーム革新バレーが持つ4つの機能
39歳以下就農希望者のスマート農業研修施設
教育の過程
申請および選抜→ | 入門教育(2か月)→ | 教育実習(6か月)→ | 経営実習(12か月) |
---|---|---|---|
申請5~7月 オンライン申請 書類審査および面接 | 期間9~10月 スマートファームの理論、創業設計、マーケティング、作物栽培、スマート機器運用など基礎教育 | 期間11~翌年4月 専門家の指導の下、生産(育苗-管理-収穫)過程を教育型スマートファーム現場実習 実習費70万ウォンまで支援 | 期間翌5~翌々年4月 自己責任下で営農計画-生産-販売の全過程を経営型スマートファームで現場実習(1人100坪) 材料費360万ウォン 実習費70万ウォンまで支援 |
日本において各県が設置している農業大学校(大半は2年制)に準ずるカリキュラムを有していると考えられます。
その他募集要件等
- 募集人員および年齢:毎年52名、満18歳~39歳以下
- 教育品目:トマト(ミニトマト含む)、イチゴ、パプリカ
- 教育型スマートファームの仕様:2.6ha(教育用1区画、経営実習用2区画)
- 寄宿舎:最大収容人員62名(2人用31部屋)、利用料月20万ウォン程度(公課金含む、構内食堂利用料は別途)
教育課程もさることながら、募集人数の多さも目を引きます。
これだけの人数が集まるとすれば、募集年齢層が広かったとしても、自分に合う友人ができそうで、就農後も互いに励ましながら農業を続けていけると考えられます。
2023年6月15~17日に慶尚南道昌原市で開かれた「スマートファームコリア」という博覧会が開かれた際に管理人も行ってきましたが、慶南スマートファーム革新バレー職員の方とも意見交換してきました。職員の方の以下の発言が非常に示唆的と思います。
よい友がいてこそ、よい農業をずっと続けることができる。ここでの出会いは一生ものになる。
賃貸型スマートファーム
- 温室面積:18,408㎡ (5,600坪)、10区画
- 温室サイズ:最大高6.3m / モジュール 8m X 4.5m
国の標準モデルでは、6ha程度賃貸型スマートファームを準備することになっていますが、ここは理由は不明ながらだいぶん縮小されているようです。
また、ハウスの仕様は、いずれもオランダ型のフェンローハウスが採用されているようです(実証団地も同様)。
スマート農業実証団地
- 温室面積:60,173㎡ (18,300坪)、10区画
- 温室サイズ:最大高6.3~7.0m / モジュール 8m X 4.5m
- 実証内容:エネルギー節減、空調資材、品目自律制御、創業実証、(展示)
- 実証温室の仕様:下表のとおり
区分 | 実証型1 (290坪) | 実証型2 (770坪) | 実証型3 (450坪) | 実証型4 (580坪) | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
ユニット数 | 4 | 3 | 2 | 1 | |
養液管理装置 | 2 | 2 | 1 | 1 | 韓国製 |
養液循環システム | 1 | 1 | 1 | 1 | 外国製 |
複合環境制御装置 | 1 | 1 | 1 | 1 | 韓国製 |
細霧冷房装置 | 1 | 1 | 1 | 1 | 韓国製 |
天窓開閉装置 | 8 | 6 | 4 | 2 | 韓国製 |
水平スクリーン | 8 | 6 | 4 | 2 | 外国製 |
空気熱蓄熱槽 | 2 | 2 | 2 | 2 | 韓国製 |
賃貸型スマートファームが規模を縮小している半面、実証団地は国の標準モデルの3倍程度とかなり拡張しています。
背景として、慶尚南道は昔からハウス面積が多く、その結果、既存の園芸施設をスマートファーム化することにも力を入れるという戦略を取っているためかもしれません。
栽培環境に関するビッグデータ集積・利用
- 慶南スマートファーム革新バレー内の環境情報(年間データ収集数):経営型148,424個、教育型111,318個、実証型125,055個
- 一般農家ハウスのビッグデータ分析:申請受付中(詳細は不明)
その他(総面積、建設費用)
- 総敷地面積:22.1ha(うち温室10.3ha)
- 事業費:904億ウォン(国費576億、道費328億)
日本円で90億円する施設を全額公費で建設するところに、韓国政府なり誘致自治体の覚悟の大きさが伝わってきます。
それもそのはずで、韓国の39歳以下で帰農した者(日本の新規就農者とかなり重なる)は、2021年で1500名程度と少ないことが知られています。
そのような中で、毎年優秀な人が毎年200名、スムーズに就農後にスマートファームを経営する仕組みができれば、農村地域にも大きな意味を持つものになるといえるでしょう(下リンク参照)。
日本との違い
以上、スマートファーム革新バレーの紹介を中心に、韓国の施設園芸分野のスマート農業を見てきました。
スマート農業技術自体は日本は韓国に負けていないと思いますが、以下の2つの体制が未整備なため、将来的な競争力低下が懸念されます。
以下、具体的にみていきましょう。
日本には同様の農業研修施設は存在しない
日本で農業を学べる場所は多くありますが、以下すべてを満たす研修施設は思いつきません。
- 教育課程が2年程度あること
- スマート農業に重点を置いた教育課程であること
- 卒業後もハウスのレンタルができるなど、本格的な創業への足掛かりができること
- 毎年の募集人員が数十名と多いこと
ただし、以上のイメージに似ている場所はあります。それは、山口県にあるイチゴを非常に大規模なハウスで生産している「株式会社 ベリーろーど」です。
同社は、以下のような特徴があります(下リンクを参照)。
- JA山口は、自らが新規就農の受け皿を作り、長期的な視点でイチゴ生産の基盤をつくるため、5.4haのハウスで生産する農業法人を設立
- JAは県の「新規就業者受入体制整備事業」を活用、山口県と山口市の支援を受けてハウスを取得、同社にリース
- 40歳以下の若手社員を30人ほど雇用し、農業に関心があれば未経験者でも入社後すぐに圃場での業務を開始できるよう、事前研修の機会を設けている。
- 採用内定者は、入社前の1年間、山口県農業大学校で行われる研修を受講、基本的な栽培技術を体系的に学んでいる。
(株)ベリーろーどの長期的な視点をもって体系的に人材育成していく発想や仕組みは、「スマートファーム革新バレー」に似ているといえます。
しかし、スマート農業に特化しておらず、また農協が運営主体ということで資金力にも限界があることから、数年間在籍した後にスムーズに創業できるかという点ではやや分が悪いといえます。
日本には公的機関がビッグデータを収集する仕組みがない
半面、韓国にはビックデータを公的機関が収集する仕組みが整備されています。
その受け皿になる組織が、「農林水産食品教育文化情報院(농림수산식품교육문화정보원)、農情院」です。
農情院は、元来は農業における人材育成や、帰農に関する事項を担当する国が設立した特殊法人ですが、近年「デジタル革新本部(디지털혁신본부)」という農業分野のICT融合推進やスマート農政支援事業を担っています。
農情院デジタル革新本部でスマートファームの責任者をしている方の著書「楽しい農業の始まり、スマートファームのはなし(즐거운 농업의 시작, 스마트팜 이야기)」(下リンク)に詳しいのですが、既存のハウスの環境データ収集や一元化に始まり、それをもとに人工知能で最適化した制御ルーチンの構築、機資材のパッケージ化と海外輸出まで担当しています。
参考資料
- 韓国農林畜産食品部HP「政策広報 スマートファーム(정책홍보 스마트팜)」:2023.6.22閲覧
- 慶南スマートファーム革新バレーHP:2023.6.22閲覧
- (株)ベリーろーどHP:2023.6.22閲覧
- 農中総研『調査と情報』2017年11月号「大規模いちご経営体の取組み―株式会社ベリーろーど(山口県山口市)―」:2023.6.22閲覧
- 韓国農林水産食品教育文化情報院HP:2023.6.22閲覧
- 李ガンオ이강오(2019)「楽しい農業の始まり、スマートファームのはなし(즐거운 농업의 시작, 스마트팜 이야기)」NEXENMEDIA、ソウル