ミツバチは、はちみつ採取のほか、花粉媒介者としての役割もあるので、人間にとって非常に重要な生物と言えます。
しかし、「はちみつ採取」、「花粉媒介者」としてのミツバチの役割は、一緒くたに語られる場合も多く、議論の混乱に拍車をかけています。
以上の論調に一石を投じ、最近しばしば起こる「ミツバチ集団失踪事件」の真実を探るべく、韓国のリベラル紙「ハンギョレ」記者が特集記事(全3回)を出しています(下リンク参照)。
ここでは、特集の2回目を全訳し、管理人なりに補足していきます。
今回は、特に韓国養蜂産業に焦点を当てるとともに、また花粉媒介昆虫がミツバチではないことがよく理解できる記事になっています。韓国養蜂産業や花粉媒介昆虫全般に興味がある方は必見です。
記事「ハエも花粉を動かす・・・ミツバチだけを心配する場合ではなくなった(파리도 꽃가루 옮긴다…꿀벌만 걱정할 때가 아니었어)」全訳
執筆:ハンギョレ(23.06.20)南ジョンヨン記者
副題:[気候変化特別企画]ミツバチ失踪事件の真実②
- ミツバチは消えたのか、そのままなのか
- アインシュタインの嘘? ミツバチに対するいくつかの誤解
- 気候変化がもたらす虚弱なミツバチ
記事本文全訳
先日の第1回目記事を熱心に読んだという方が多かったです。
特に、ミツバチが家畜という事実に驚いたという話をたくさん聞きました。畜産法施行令にミツバチは家畜だと規定されていますが。
家畜とは何でしょうか? 「人間が利用するために育てる動物」です。
最近は、主に肉を得るために飼いますが、つい最近までの例を見ても、家畜の最大の用途は「労働力」でした。畑を行きかうウシ、馬車を引く馬のようにです。
ミツバチが家畜になったのは、紀元前2400~5500年のエジプトでした。野生ミツバチの巣からはちみつを採取していましたが、泥で巣をつくってミツバチを飼うようになったのですよ。
ところで、ミツバチの労働は、ほかの家畜とは少し異なります。
人間は、ミツバチに巣箱を提供するだけで、ウシやブタのように手綱や鼻輪をつけたり、活動空間を制約しないでしょう。巣箱の外に出てはちみつを採取しにいくミツバチの労働力を利用して、人間ははちみつを「こっそり」持ち出すのです。
ハエ、ガ類、鳥類、こうもりも花粉媒介者(파리, 나방, 새, 박쥐도 화분매개자)
およそ1億年前、この世にはハチはいませんでした。昆虫を捕まえて食べるスズメバチが世界を牛耳っていました。生物学的には、スズメバチはハチではありません(スズメバチは英語でも「wasps」と言い、普通に使用される「bee」ではありません)。
ところが、スズメバチの中には、平和主義者がいたのです。彼らは、「昆虫はもう食べない!」と菜食を宣言し、ちょうどこの頃に出現した種子植物の花粉とはちみつに栄養を依存するようになりました。
花から花へと几帳面に巡回し、いつのまにか体についた花粉をめしべに動かす(花粉媒介)ことにより、植物が栄えるようになりました。植物は自身の遺伝子を広がらせるのに都合がよく、野生ハチは腹いっぱい食べられて都合がよく・・・このような現象を「共存化」と言います。
ハチ類は、全部で9科、約2万種があります。われわれが一般にミツバチと呼ぶ種は、「セイヨウミツバチ(学名Apis mellifera)」であり、2万種のうちの1つでしかありません。しかし、最近の100~200年間、養蜂産業の標準的な種としてアフリカから北極に至るまで広がったのです。
ミツバチは、植物の生活史では必須です。花粉を運ばれて、はじめて実を着けることができますので。それで、2005年頃からアメリカとヨーロッパをおそった「ミツバチ集団失踪事件」が、環境団体はもちろん、科学者、政府から関心を持たれています。アルベルト・アインシュタインが言ったという「ミツバチが滅亡すれば、人類も4年以内にいなくなる」という言葉も有名になりましたよね(アインシュタインが実際にこう言ったかは確認されていませんが、マスコミでは無分別に引用されています)。
ところが、です。花粉を媒介する動物はミツバチだけではありません。ミツバチ以外にも、数多くの野生ハチ、ハエ、ガ類や鳥にはじまり、はてはコウモリまで花粉を媒介します。
昨年、国連食糧農業機構(FAO)が発刊した「花粉媒介者と農薬」報告書を読むと、世界の115大作物中87作物が花粉媒介動物から助けられたと書いています。もしも、これらの動物がいなくなれば、生産量が5~8%程度減少し、その被害は年間2350~5770億ドル(301~739兆ウォン)に及ぶと予想されています。
しかし、われわれは、ひたすらミツバチ「だけ」を花粉媒介者と考える傾向があります。そして、ミツバチがいなくなればすぐに食糧難が起こると怖がっているのです。
農村振興庁の分析によれば、国内農作物の総生産量のうち、花粉媒介昆虫に依存する作物の生産量は35%(530万トン)で、花粉媒介昆虫を必要としない作物の生産量は65%(1006万トン)です。例えば、スイカやイチゴなどは花粉媒介昆虫が必要ですが、稲、麦、ジャガイモ、ハクサイ、ダイコン、ネギなどは必要ではありません。
もちろん、農業生産でもっとも重要な花粉媒介者は、ミツバチです。ビニルハウスで野菜や果樹を栽培するときは、必ず巣箱を置いておかねばなりません。他の花粉媒介動物の助けを受けれませんので。
2016年、国連生物多様性国際機構(IPBES)は、「花粉媒介者と花粉媒介、そして食料生産」評価報告書で、世界主要作物の90%以上をミツバチと野生ハチを含んだハチ類が訪問し、30%程度をハエが訪問したと推定しました。その他の花粉媒介者の訪問比率は6%だったとしました。
人間が栽培する農作物ではない野生生態系では、野生ハチなどミツバチ以外の花粉媒介昆虫の影響が大きいです。よって、生物多様性国際機構や食糧農業機構もミツバチだけを強調していません。各種統計を見ても、ミツバチをはじめとした各種ハチ類、そして多様な昆虫を含んだ花粉媒介動物をひとまとめにして話しているのです。
ある花にミツバチをはじめとする多様な花粉媒介者が訪問し、別の花には特定の昆虫のみが花粉媒介者になっているなど、複雑です(ミツバチは、花を選ばずに訪問する「雑食性」です)。
ミツバチ-野生ハチ-昆虫-植物を全体的に俯瞰すべき(꿀벌-야생벌-곤충-식물 전체 조감도 봐야)
最近生じているミツバチ失踪事態に対する過度な懸念が、「ミツバチ=唯一の花粉媒介者」という誤解を生み誤った政策決定を誘導するのではと、憂慮する科学者たちが多くなりました。ミツバチに問題が生じているのは事実ですが、野生ハチと昆虫の状況はより深刻であり、生態系全体を同時に見るべきだという観点です(「第6の大滅亡」が侵攻している今、滅亡のスピードが最も早いのが昆虫です!)。
2018年、ヨナス・ケルドマンという英国ケンブリッジ大学研究員らは、科学専門誌『サイエンス』に「ミツバチの保護は野生に助けを与えない」という挑発的なタイトルの文を載せました。彼らは、花粉媒介が多数の動物によって遂行されているのにも関わらず、人間はミツバチだけを心配すると皮肉ったのです。むしろ、高密度でのミツバチ飼育は、他の花粉媒介昆虫に否定的な影響を及ぼす考えたのです。はちみつをめぐる競争が激しくなるからです。
過度な移動養蜂(花が咲く時期に合わせて大規模に巣箱を移動させて、はちみつを採取すること)もまた、野生生態系に伝染病を拡散させ、昆虫の生態系をかく乱すると指摘しました。彼らは、ミツバチが自然生態系に「大量流入した管理種(massively introduced managed species)」という定義を想起させました。今の世界における昆虫たちの「蜜採り競争」は、ヨーロッパの山あいに生息してきた「ヨーロッパミツバチ」一種が平定したとしています。
もう一つの研究結果を紹介しましょう。フランス南部で続けられた研究では、高密度の養蜂がミツバチと野生バチの間の「蜜採り」競争を引き起こし、野生ハチの出現率を55%減少させ、蜜の収穫率を50%減らすとの調査結果になりました。ミツバチもまた、普段より多い収穫量は得られませんでした。ああ、蜜取り競争は疲れる!
もちろん、別の観点から見た研究も存在します。昨年、ニュージーランドの研究チームは、科学専門誌『サイエンティフィック・レポート』で、1961~2017年の間に、巣箱が85%増え、はちみつ生産量も45%増えたものの、これは世界人口の増加率(144%)をカバーできていないと懸念しました。気候変化による気象異変、感染病や害虫の流行によりはちみつ生産量が急減しうるともしています。研究チームは、増えていくはちみつの需要増加を充足させ、食料作物の花粉媒介のためにも、養蜂産業の発展が必要だと主張しているのです。
昆虫・野生バチの状況がより深刻(곤충·야생벌 상황이 더 심각)
2022年、政府は、「養蜂産業5か年総合計画」を樹立し、蜜源となる森林を毎年3千haずつ増やしたいと発表しました。これがどの程度かですって? 縦横100mの運動場が3千個生まれると考えれば想像できます。
政府は、1970~80年代に47万ha以上あった蜜源森林面積が、2020年は14万6千㏊まで減ったため、これを回復するために目標を定めたとしています(蜜源森林とは、アカシアの木のようにはちみつが多く採れる樹種を中心に造林された森のことです)。
2023年5月、環境団体のグリーンピースは、安東大学産学協力団とともに出した報告書に、ミツバチと野生ハチの花粉媒介機能を奮い立たせるため、30万㏊の蜜源森林が必要だと主張しました。ミツバチがまともに食べれるものがないので、食べ物を多くつくってあげようという趣旨です。
これには慎重な視点もあります。ソウル環境連合が5月25日に開いた生態転換都市フォーラムの参加者たちは、巨大規模の蜜源森林造成事業が既存の既存の森林を追い出して新しく造成するもとに帰結する可能性が大きいと指摘しました。在来生態系はもちろん、野生ハチのような花粉媒介昆虫に否定的な影響を及ぼしうるというのです。洪ソクファン・釜山大学教授(造景学)は、こんな比喩を披露してくれました。
「鶏の餌が不足するからと、森にある木を、すべて鶏の餌をつくる木に植えかえますか? 森の主は鶏ではなく、他の野生生物たちです」
ミツバチが「家畜」という点を強調した意見です。
(2023年6月)17日、主管する山林庁に電話をかけてみました。担当者は、既存の木材生産用の経済林を造成する時には蜜源となる樹種を付随的に混ぜて植えるのだと仰りました。単に蜜源森林のために木を交代させるのではないと言うのです。
「(代表的な蜜源樹種である)アカシアの木は、過去に薪採取用として造成されましたが、今は老木化して衰退しています。アカシアの木は、玩具や家具をつくるのにとても適しています。ハンガリーでは直立した木に仕上げ、輸出までしている状況です」
グリーンピースと報告書を出した鄭チョリ安東大学教授は、以下のように断言しました。
「単純に養蜂農家の蜜源提供だけを目的に蜜源森林の拡大が必要なのではない。また既存の森林を伐採して蜜源樹を植えることに同意しない」
洪ソクファン教授は、以下のように仰っています。
「ミツバチと花粉媒介動物を保護するためには、自然林を保護するのが優先だ」
崔テヨン・グリーンピース生物多様性キャンペイナーも、こう仰っています。
「都市に蜜源植物の花壇を拡大したり、遊休農耕地を活用するなど、既存の森林を破壊せずに蜜源面積を増やせる方法はある」
防疫システムがない養蜂産業(방역 시스템 없는 양봉산업)
蜜源森林が増えれば、どうなるでしょうか? むしろミツバチが減るという予測もあります。どうしてですかって? 韓国内の養蜂産業は参入障壁が低いため、多くの養蜂家が巣箱を増やすからです。
国内の養蜂産業は膨張中なのです。養蜂農家数は、2011年には1万9387か所だったのに、2021年は2万7583か所と70%増えました。50群以上の巣箱を所有する企業型農家の比率も55%に至っています。飼育蜂群数は、2021年現在269万群と、日本(24万群)、カナダ(81万群)より多い状況です。
ミツバチが増えるのはよいことでは?、ですって! そんなに単純な問題ではありません。同時に森を広げ、植物と生態系が健康である必要もあります。でなければ、ミツバチと野生ハチ、昆虫たちが限定された餌をめぐって熾烈な競争をせざるを得なくなるからです。虚弱なミツバチたちや淘汰される昆虫が増えていくのです。しかも、韓国は、国土面積当たりの飼育密度が世界1位です。
韓サンミ・国立農業科学院養蜂生態科長の言葉です。
「ミツバチたちがはちみつを多く採ろうとすれば、アカシアの木のような群落が続いていればよいでしょう。ところが、それは人間の都合なのです。野生ハチの立場で見れば、一度に花がぱっと咲いて散ってしまうよりも、一年中自分たちが食べられるだけの様々な花が少しずつ咲くのがいいんです」
韓科長は、養蜂産業が前進しなければならないとも言っています。巣箱を導入するときに疾病検査する防疫システムが、国内にはまだ導入されていないと言うのです。養蜂をはちみつ採取用と花粉媒介用に専門化することにより、管理方法を多様化させなければならないと指摘します。
政府は、今年(2023年)から2030年まで、484億ウォンの予算を投入して「ミツバチ保護および生態系保全研究開発」事業を実施します。農林畜産食品部、環境部、気象庁などが気候変化に適合した蜜源樹を探し、ミツバチの病害虫を遮断し、ミツバチの生態系サービスを評価する研究をする予定です。これまで、ミツバチと花粉媒介昆虫に対して分かっていることがあまりにも少ないというのです。
消えるミツバチは、われわれを驚愕させます。そういう点で、ミツバチは「炭坑内のカナリア」だと考えることができます。でも、虫眼鏡だけを持って世界を眺めると、何かが足りなくなります。ミツバチ、野生ハチ、そして様々な昆虫や動植物の関係の俯瞰図を描くことを知らねばなりません。そのとき、われわれがまさに生態系の危機を乗り切れることでしょう。
次回は、世界的なミステリー「ミツバチ失踪事態」の犯人を追跡してみます。またお会いしましょう!
記事の解説
前回同様、この記事も、養蜂産業、ミツバチ、そして花粉媒介に関する優れた解説記事になっていますので、取り立てて解説すべき部分は少ないです。
しかし、著者の主張のうち、以下の命題については、事実確認が必要です。
- 韓国は、国土面積当たりのミツバチ飼育密度が世界1位である
- 高密度の養蜂は、はちみつの収穫率を減らす
そこで、以上について、主にFAOの統計データに基づいてファクトチェックを行うとともに、韓国の方法が独特の発達を遂げた理由を考えてみます。。
韓国は、ミツバチ飼育密度は、ほぼ世界1位である
上のグラフは、FAOがまとめた統計「各国のミツバチの巣箱(2019年)」と、各国の面積から求めた「巣箱密度」の間の関係を調べたものです。
- FAOによると、2019年現在、韓国には約216万個のミツバチ用巣箱がある。
- 一方、韓国の国土面積は約10.02万㎢である。
- 以上から、1㎢当たりの巣箱数は約21.6個となる。
- 韓国の巣箱密度を超える国は、アフリカ東部のブルンジ共和国(同35.2箱)だけである。
ブルンジ自体はが国土面積が狭い(韓国の18分の1)であるうえ、後で触れますが同国の養蜂の規模は小さいので、「韓国が世界一の飼育密度である」という命題はほぼ正しいと言えます。
高密度の養蜂が、はちみつの収穫率を減らす
上記の命題は、フランス南部で続けられた研究から導かれたとされます。
よって、世界中で営まれている養蜂の国別データをそのまま援用するのは少し乱暴ではありますが、前述の「巣箱密度」と、「巣箱当たりはちみつ生産量」の関係を調べてみました。
- 巣箱当たりはちみつ生産量が40kgを超える国(カナダ、ベトナム、中国、ブラジル)は、巣箱密度が1個/㎢以下である。
- 巣箱当たりはちみつ生産量が30~40kgの国(キューバ、ウルグアイ、コロンビア、イスラエル)では、イスラエルの巣箱密度が5.8個/㎢とやや多いほかは、2個/㎢以下である。同様に、20~30kgの国では6㎢以下である。
- 世界最大の巣箱密度(35.2個/㎢)であるブルンジのはちみつ生産量は、2.8kg/巣箱に過ぎない。また、巣箱密度が13個/㎢のレバノンでは同3.7kg、10.4個/㎢のトルコでは同10.6kgなど、巣箱密度が高い国は概して巣箱当たりのはちみつ生産量が低い傾向にある。
以上を考えると、高密度の養蜂がはちみつの収穫率を減らすという命題も正しいです。そして、このグラフを見る限り、「高密度」というのは、概ね巣箱10個/㎢以上であると思われます。
韓国が高密度養蜂に固執するわけ
あくまで推測ですが、韓国が高密度での養蜂に固執する理由は、上のグラフを見ると推測できます。
それは、ざっくりと言えば、巣箱数が10万箱以上の国では、1国の総巣箱数と総はちみつ生産量は、おおむね比例関係にあるからです。
もっと言えば、ある国のはちみつ生産量は、70%程度は巣箱数で説明できます。
さらに、韓国独特の事情として、多くの蜜源植物の開花時期である4~5月は、急に雨が降りやすい時期でもあります。
以上のことから、韓国では「とりあえず多くの巣箱を確保しておき、開花時期の天候は天に任せる」というアプローチが取られているのではないかと思われます。
このことは、巣箱当たりはちみつ生産量が高い国の多くは熱帯地方に位置する(ベトナム、ブラジル、キューバ、コロンビア等)ので、韓国より採蜜期間が長く、一時的に雨が多くても「挽回できる」こととセットで考えるとより分かりやすいと思います(韓サンミ科長も同様の発言をしています)。
この文章の続きは、以下からお読みください。
参考資料
- 2023.06.20付・ハンギョレ「ハエも花粉を動かす・・・ミツバチだけを心配する場合ではなくなった(파리도 꽃가루 옮긴다…꿀벌만 걱정할 때가 아니었어 )」:2023.6.25閲覧
- UNDATA 「Beehives」(2019):2023.6.25閲覧
- NationMaster 「Top Countries in Natural Honey Production」(2019):2023.6.25閲覧
- 総務省統計局「世界の統計2023」p21~26(2-4人口・面積):2023.6.25閲覧